・。*あしたも晴れるかな*。・

薔薇、猫、物語、弁当作りとショパンが好き!今は雨でも虹色の人生めざして航海する日々の出来事*


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*パリの神隠し*
 
 きみの帰るおうちへ 



12のプレリュード  No.12(前編)




* パリの神隠し *



海の見える丘には 涼やかな潮風がふいていた。

新潟の祖父の家の前から海が見渡せた。
快晴で、水平線に佐渡ヶ島がくっきりと浮かんで見える。


東京駅で待ち合わせたフリージャーナリストの有田恵介と一緒だった。
新潟駅からはタクシーで来た。
新幹線の中で僕と彼はお弁当を買い、早い昼食を済ませていたので
育ての母、千代子から預かった鍵で寄り道もせず
すぐに戸を開けて入った。

祖父の家は古い日本的な家で、大きな木製の雨戸が目を引いた。
中はひんやりして 一瞬息を止めるほど、かび臭い。
有田氏は、半袖のワイシャツとポケットがたくさんあるベストに
リュックサックの軽装だった。色は目立たないベージュだ。

初めて今日会ってから
たわいのない日常の話を言葉少なく交わした有田氏が玄関を入ると
「奥の部屋にグランドピアノがあります」
と、僕を誘導した。
「はい。・・・え、有田さん来たことあるんですか」
「ええ、取材をさせて頂いたことがあります」
そう言いながら有田氏は肩にかけていたカメラを手にとった。
今日、有田氏が何のために同行したのかは何も言われてないが
何となくわかっていた。
ピアノの査定や処分の件だけではない。
肝心なのは僕の父と母のことだ。
何故 僕らは普通に一緒に暮らせなかったか、だ。


畳の部屋が襖で仕切られた造りの家だった。
二つ目の部屋の襖を開けると絨毯を敷いた上に
グランドピアノが置いてあった。
薄暗い部屋の中で、黒く大きな、それは怖いくらいの存在感だ。
僕と有田氏で、きしむ木枠のガラス戸と雨戸を開けると
そこからも海が見えた。室内が明るくなった。

ピアノの上や、低い本棚の上に写真たてがたくさんある。
まるで洋画にでてくる幸せな家庭の一コマのように。
ピアノよりも写真の方が気になった。祖父と祖母らしき人が
並んで微笑んでいる写真の隣には、男女二人の写真があった。
「・・・僕の父と母ですか」
「ええ」
有田氏の声は落ちついた声だった。
二人は肩を並べて立ち姿で写っている。まだ学生のように
若いかんじだ。後ろの背景にはエッフェル塔が見える。
「ここ、パリですか」
「ええ、お二人のパリへ音楽留学中の写真だと聞きました」
「そうなんですか、このとき兄と僕は生まれてましたか」
「その時はまだですね」
淡々と話す有田氏に言った。
「僕の父と母のことは誰に聞いたのですか」

「おじい様とおばあ様に元気な頃。あと千代子さんからも
いろいろお聞きしました。それとパリに取材に行ったとき
お二人と交流のあった方々からもお聞きしました」

僕の頭の中にあるもやもやとした塊みたいなものが
少しずつとけていくような感じがした。
他の写真を見ていくと、母が赤ちゃんを抱いているものがあった。
その隣に立つ父の横には2歳くらいの男の子が立っている。
僕は食い入るように見た。その写真たては白いバラ柄の縁取りがあり
他のものより豪華な雰囲気だった。
おもわず両手にとって見た。

父は黒いタキシードを着ている。顔が兄貴にそっくりだ。
父と手をつないで立っている兄貴は白いワイシャツと黒の半ズボン。
隣に座っている母は白いワンピースで髪はセミロング。
白薔薇の髪飾りをつけている。
母が抱いている赤ちゃんは生まれたばかりのようで
白いベビー服にベビー帽だ。
ぽっちゃりした頬で、手はグーに 握っている。目は開けてるが
ニコリともしていない。きっとこれが僕なんだろう。
僕は母似だと想った。

生まれて初めてみる家族写真だ。
なのに懐かしいとか嬉しいとかの実感が湧いてこない。
夢にまで見た父と母の顔なのに、夢じゃないのに。


「有田さん、この写真とかいろんなものは家を取り壊す前に
僕がもらってもいいんですよね」
「もちろんですよ」
そうゆっくりもしていられなかった。
ピアノをみておかなければここから帰れない。

グランドピアノは家庭用のサイズだった。蓋を開けてびっくりした。
そのピアノは日本製の、もうだいぶ前から製造されていない幻のピアノと
言われているものだった。今はもう中古品がほんの少ししかない。
さらに僕は目を見張った。

蓋の右端に名前が金色で刻まれていた。「For Naoko」と。

呼吸を止めて金縛りにあったように見入ってる僕に有田氏が言った。
「これはお父様がお母様に贈った特注品だったそうです」
「母はなおこ(直子)っていう名前なんですね。ピアニストだったんですね」
有田氏の顔をみると 彼はこっくりとうなずいた。

僕の直人という名前は母の名からとったのだ。
今まで人事のように思えていたこの空間が、急に僕の胸の中に
入り込んで 膨らんだ。
何処なのかも解らない目的地に向かって心臓が高鳴り、走り出した。
体中の血が徐々に流れを速め、さらさらと走り回った。

「お父様の名前はあきら(明)というんですよ。お兄さんの名前は
お父様の名からとったんですね」
兄貴の名前は「明人」(あきと)だ。
そうだったのか。

僕は鍵盤を見ていた。そこに置かれた僕の手を見た。
その手の甲にくっきり浮かび上がる静脈が
生きている。生きている。生きている。といいながら震えていた。


**



僕は少しだけ勇気を出した。
「拉致されたんですか」


僕は僕の手を見ながら言い終えたあと
有田氏の顔を見た。
その表情はたじろがず、きびしい目だった。
無言でうなずいた。





窓から涼やかな風が急に入ってきて、少し長くなった僕の前髪を
なでて通り過ぎた。
海の匂いがする。
かもめが一斉に鳴いた。

僕ら家族の不幸はすべて、そこから始まったのだと知った。
有田氏は小さな声でつぶやくように話してくれた。
父はバイオリニスト、母はピアニストで留学中に結婚し
兄貴と僕が生まれた。
父はコンクールにも入賞し、将来を期待されていたという。
有田氏には 膨大な人脈があり、情報は密かに集め続けている
とのことだった。

「あなたとお兄さんを、ちょうどパリに来ていたおじい様、おばあ様に
預けてお二人はあるブテイックに買い物に行かれたそうです。
そこの試着室に入ったところまでは存在が確認されていますが
それ以降のお二人の姿はぷっつりと途絶えています。
あなた方兄弟は身を守るために帰国後、施設にかくまわれたのです」

神隠し!?

と 声に出そうとした時だった。
「え!」
と、有田氏が大きな声を出した。
「ない!」
困惑した表情で有田氏がまた大きな声を出した。

「何がないんですか」
「この前来たときにあった高校生くらいの時のお兄さんとあなたの
写真です。千代子さんが前にここに連れてきてくれた時
一緒に飾っておくと言って、ピアノの上に置いたんです」

不安そうな有田氏だった。
辺りを探してみたが何処にも無い。
「ここには千代子さんと僕くらいしか来なかったはずだし」
そう言いながら、リュックからノートパソコンを出し、保存画像を
見せてくれた。
ほんとに確かに、そこには画像が残されていた。
でも今はない。
どういうことなんだろう。

有田氏は声をひそめて言った。
「気をつけて下さいね。これは過去の終わった話じゃない。
 今も続いてるんです」
工作員は今も日本中にウゴメイテいるのか。

僕は小さな声で聞いた。今日一番聞きたかったことだ。
「父と母は生きていますか」

有田氏は口元をきっと結び、無言で僕の目を見てうなずいた。


さっきまでふいていた 涼やかな潮風は止まり、この部屋の空気は
重く垂れ込めた。
息もできないくらい湿っている。
身動きの一つもできなくなった。
歯を食いしばって重い足を動かし、
やっとのおもいで窓辺に辿り着いた。
固まった関節を思い切り伸ばして、窓を全部開けた。


海が見える。
島が見える。



明日がみえた。






END

     by しゃぼん



最後までお読みくださりありがとうございました
また来週お会いしましょう





明日晴れるかにゃ^^
また明日ね!
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ぽちっとありがとう
I love you





| 2013.06.30 Sunday (13:14) | 12のプレリュード | comments(0) | trackbacks(0) |
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